ヒトを含む陸生動物には体液の状態を常に一定に保つ機構(体液恒常性)が備わっている。
例えば、脱水時には、喉が渇いたと感じたり、塩分の摂取を避ける。これは脳が常に体液状態をモニターしており、体液状態に応じて水分欲求や塩分欲求をコントロールしているためである。
体液情報のモニタリングは、脳弓下器官(SFO)や終板脈管器官(OVLT)、最後野(AP)と呼ばれる血液-脳関門が欠損している感覚性脳室周囲器官で行われている。
我々のこれまでの研究を中心に、それぞれの器官を起点とした水分および塩分摂取制御を司る神経機構が明らかになってきた1-8)。
ペプチドホルモンであるアンジオテンシンII (Ang II)は脱水時および脱塩時に血中濃度が上昇し、水分欲求と塩分欲求を促進させることが知られている。
我々の研究から、SFOに水分摂取を誘導する「水ニューロン」および塩分摂取を誘導する「塩ニューロン」が存在することが明らかになった4)。
水ニューロンおよび塩ニューロンはいずれもAng IIの受容体を発現していた。
脱水時においては、SFOのグリア細胞に発現しているNaxが体液Na+濃度の上昇を感知し、乳酸の分泌を介して抑制性であるGABAニューロンを活性化させて塩ニューロンの活動を抑えることによって、水分摂取行動を選択的に誘導していた4)(図1,2)。
一方、塩欠乏時においては、コレシストキニン(CCK)に応答する別のGABAニューロンが水ニューロンの活動を抑えることで、塩分摂取行動を選択的に誘導していた3)。
また、OVLTでは、Naxが体液Na+濃度の増加を感知した後、グリア細胞からのエポキシエイコサトリエン酸(EET)の分泌を介してTRPV4陽性ニューロンを活性化し、水分摂取行動を誘導することを明らかにした5)。
これとは独立に、OVLTにはSLC9A4を発現するニューロンが存在し、これがもう一つのNa+濃度センサーとして働くことによって水分摂取を誘導していることが明らかになった2)(図3)。
このニューロンにはAng II受容体も発現しており、Ang IIによる水分摂取誘導にも寄与していると推定される2)。
これらの研究の一環として、ヒトにおいて、Naxに対する自己免疫の発生によって高Na血症を発症する、新しい症候群があることを発見した6)。
図1. SFOにおける体液[Na+]のセンシング機構
図2. 体液状態がAng IIによる水分摂取および塩分摂取を制御する神経機構
図3. OVLT内におけるNax、SLC9A4、 Ang IIによる水分欲求活性化機構
一方、浸透圧を感知する脳内センサー分子や神経機構は未だに明らかにされていない。
我々の研究室では引き続き、Na+濃度や浸透圧などの体液情報を感知するための脳内機構、ならびにSFOやOVLTの下流における神経情報の統合機構を明らかにすることを目指している。
そのため、光を用いて人為的に神経活動を制御するオプトジェネティクス(動画1)や神経細胞集団の活動を観察するin vivoカルシウムイメージングなど、最先端の神経科学的手法を用いて研究を進めている。
動画2. オプトジェネティクスを用いて飲水行動が人為的に誘導されたマウス
<参考文献>
1. Noda M and Matsuda T. (2022) Central regulation of body fluid homeostasis.
Proceedings of the Japan Academy. Series B, Physical and biological sciences 98, 283-324.
2. Sakuta H, Lin C-H, Hiyama TY, Matsuda T, Yamaguchi K, Shigenobu S, Kobayashi K and Noda M. (2020)
SLC9A4 in the organum vasculosum of the lamina terminalis is a [Na+] sensor for the control of water intake. Eur. J. Phys. 472, 609-624.
3. Matsuda T, Hiyama TY, Kobayashi K, Kobayashi K and Noda M.
(2020) Distinct CCK-positive SFO neurons are involved in persistent or transient suppression of water intake.
Nature Communications 11, 5692.
4. Matsuda T, Hiyama TY, Niimuara F, Matsusaka T, Fukamizu A, Kobayashi K, Kobayashi K and Noda M.
(2017) Distinct neural mechanisms for the control of thirst and salt appetite in the subfornical organ.
Nature Neurosci. 20, 230-241.
5. Sakuta H, Nishihara E, Hiyama TY, Lin CH and Noda M. (2016) Nax signaling evoked by an increase
in [Na+] inCSF induces water intake via EET-mediated TRPV4 activation. Am. J. Physiol. Regul. Integr.
Comp. Physiol. 311, R299-306.
6. Hiyama TY, Matsuda S, Fujikawa A, Matsumoto M, Watanabe E, Kajiwara H, Niimura F, and Noda M.
(2010) Autoimmunity to the sodium-level sensor in the brain causes essential hypernatremia. Neuron 66,
508-522.
7. Shimizu H, Watanabe E, Hiyama TY, Nagakura A, Fujikawa A, Okado H, Yanagawa Y, Obata K and Noda
M. (2007) Glial Nax channels control lactate signaling to neurons for brain [Na+] sensing. Neuron 54,
59- 72.
8. Hiyama TY, Watanabe E, Ono K, Inenaga K, Tamkun MM, Yoshida S, and Noda M. (2002) Nax is involved
in the sodium level sensing in the CNS. Nature Neruosci. 5, 511-2.